JOURNAL

Interview
Marco Saracino

フィンランドで愛される老舗カフェ「アアルトカフェ」。
名店はいかにして生まれ、どのように愛されているのでしょうか。世界初出店も含め、オーナーのマルコ・サラチーノの思いを聞きました。

  • インタビュー:マルコ・サラチーノ
  • 聞き手:山田泰巨
  • 写真:永井泰史

時を超えて愛される、フィンランドの建築家カフェ

フィンランド・ヘルシンキの書店〈アカデミア書店〉に建築家、アルヴァ・アアルトの名を冠するカフェがオープンしたのは1986年のことです。以来、〈カフェ アアルト〉は本や建築を愛する人が集う、ヘルシンキに欠かせないカフェへと成長していきます。オーナーのマルコ・サラチーノへのインタビューとともに、このカフェが人々に愛される理由を探っていきましょう。

Keskuskatu通りを眺める。右は〈ストックマン〉、左奥が〈アカデミア書店〉の入る〈キリヤタロ〉。突き当りに建つ〈スウェーデン劇場〉から左方向に公園が港の方向へ続きます。
冬になると日照時間が短くなるフィンランドで、太陽光を楽しめる空間として大きなトップライトが設けられた〈アカデミア書店〉。かつては3階まで書店として使われていたものの、現在は2階までに。

フィンランド随一の書店〈アカデミア書店〉の本店は、ヘルシンキ中央駅から続くKeskuskatu通りにあります。フィンランド語で中央通りを意味する名の通り、わずか2ブロックという短い通りながら、1862年に創業された北欧最大の老舗百貨店〈ストックマン〉の本店、フィンランドを代表する家具メーカー〈アルテック〉の旗艦店などが立ち並びます。
〈カフェ アアルト〉があるのは、店名の由来となった建築家アルヴァ・アアルトが設計した〈アカデミア書店〉の一角。アアルトは書店の内装設計のみならず、書店が入る建物〈キリヤタロ〉そのものも設計しています。すでに同じ区画内にあるビル〈ラウラタロ〉の設計を手掛けていたアアルトは通りに面したファサードに銅板を使い、隣接する建物との調和を意識したといいます。内部には三角状にせり出した天窓から自然の光を取り込み、室内でふんだんに用いたカッラーラ産の白い大理石が明るく室内を照らします。
「〈カフェ アアルト〉がオープンしたのは1986年11月のことです。2009年から私が両親の跡を継いでオーナーになりました。もともと母が他にもカフェを営んでいて、1970年代の終わりから80年代頭にかけて〈アカデミア書店〉にカフェを開こうという動きのなかで運営が決まったと聞いています。私は1983年生まれですから、物心ついた頃からここで育ったようなものです。兄はカフェを手伝っていたのですが、本当に小さな子どもだった私は裸になって走り回ったこともあると聞いています(笑)。さまざまな国のメディアで紹介されていますが、日本とは特に強い縁を感じており、以前からオープンしたかったのがついに形になりました」

1983年のオープン以来、地元の人々に愛される老舗カフェ。アアルトが家具や建築で繰り返し用いた金色の金属で天井のルーバーを作り、照明を垂らします。
インタビューに答えるマルコさん。書店奥にアアルトがデザインしたファブリックをつかったワンコーナーがあり、ゆっくりと読書を楽しめます。
〈カフェ アアルト〉に置かれる四本脚の椅子。真鍮と滑らかな肌触りの本革を使った、アアルトには珍しい椅子です。クッション性が高く、ゆっくりと時間を過ごすことができます。

店名から〈カフェ アアルト〉もアアルトがデザインしたように思いますが、オープンしたのはアアルトが亡くなってから7年後のこと。カフェは、もともとアアルトの事務所で働いていたRoy Mantari(ロイ・マンタリ)が設計を手掛けています。アアルトの死後もアアルトの事務所は2人目の妻であり、自身も建築家であったエリッサ・アアルトが運営を引き継いだため、彼女に名称や内装の承認をとって進めたといいます。
今回、京都でオープンするにあたりヘルシンキの〈カフェ アアルト〉で使われている家具と同じモデルがアアルトの権利を管理するアアルト財団の許諾のもと、特別に再生産されました。しかしアアルトの死後に完成したカフェに、なぜ特別なモデルが使われているのでしょうか。実は〈カフェ アアルト〉では、隣接する〈ラウタタロ〉にあった家具を再利用しています。
「いま私たちが使っている家具は、もともと隣接する建物《ラウタタロ》の〈カフェ コロンビア〉で使われていたものです。ところが〈ラウタタロ〉が別のオーナーの手に渡るこことなりカフェも閉店してしまいます。カフェが閉店する際に家具がオークションにかけられたのですが、散逸を防ごうと〈ストックマン〉が買い取ってアアルト財団に寄付しました。私たちがカフェをオープンするにあたり、アアルトが製作した椅子やテーブルを財団から譲り受け、大切に使用しているのです」

アカデミア書店への入り口。一階には大手コーヒーチェーンが入りますが、客層が異なるため競合はしないそう。
アカデミア書店のドアはハンドルに注目。アアルトの建築や家具でたびたび見られる美しいカーブを描きます。経年変化で柔らかな肌触りに。ドアにはカフェのロゴが見えます。

マルコさんたちはいまもメンテナンスを行いながら、当時のままに家具を使い続けています。数も限られているので、京都にオリジナルを送ることは叶いません。
「今回日本でのオープンにあたり、まずはアアルト財団を訪ねました。名称はもちろん、家具を再生産するための承認をいただくためです。今回はまずヘルシンキのデザイン事務所で実測をもとにした3Dモデルのプロトタイプを作成し、さらには計画を進めるなかでオリジナルの図面が発見されたので、両者を参考に生産に移りました。机はシンプルなデザインですが、椅子は4本の脚すべてが形が異なっています。取り付けの角度も違うなどディテールが凝っていて、再現には努力を要しました」
〈ラウタタロ〉にはかつて、アアルト自身が友人たちと設立し、数多くの名作家具を遺した〈アルテック〉のショールームもありました。まさにアアルトにゆかり深い建物です。〈アルテック〉はその後、別の場所への移転を経て、2016年に〈キリヤタロ〉と〈ラウラタロ〉の間に建つビルへと移転しました。このビルこそがアアルトが2つのビルを設計するうえで調和を意識したもので、彼が建築家を目指すきっかけとなった〈ヘルシンキ中央駅〉を設計したスウェーデン人建築家のエリエール・サーリネンによるものです。このように、〈カフェ アアルト〉はヘルシンキにおけるアアルト巡りには欠かせない場所となりました。

ガラスのケースにはシナモンロールをはじめ、その日焼き上げられたばかりのパンやケーキが並びます。もちろん一番人気はシナモンロール。
クリームをたっぷり使ったスープには、大ぶりで柔らかなサーモンがじゃがいもとともに入ります。優しい味ですがボリューム満点で、満足度の高い一皿です。
フィンランドの夏を代表する風物詩ともいえるブルーベリーをたっぷりと使ったパイ。甘さを抑えたカスタードクリームとブルーベリーの甘酸っぱさが好相性です。

近年は、映画『かもめ食堂』でサチエ(小林聡美)とミドリ(片桐はいり)が出会ったカフェとしてファンが訪れる場所ともなっています。数年前に韓国で上映されたことをきっかけに、韓国からの訪問客も増えているとか。映画で二人が手にするのはコーヒーのみですが、フィンランドらしいメニューが揃います。マルコさんにおすすめを尋ねると、「なんといってもシナモンロール、サーモンスープ、ブルーベリーパイの3つは大切なメニュー」と言います。
「これらはフィンランド人がいつの時代も変わらず、よく食べるものです。レシピは時代に合わせて少しずつアップデートしていますが、日本でもいま私たちが出しているものとまったく同じ味を再現できるように何度も試作しました。オープンに先駆け、2019年6月に東京の〈スパイラル〉で行われた石本藤雄さん(マリメッコでデザイナーを務め、現在はアラビアで作陶するフィンランドを代表するデザイナーの一人)の展覧会でも、会場に隣接するカフェで同じメニューを出して好評を博しました。私がソムリエの資格を取得しているので、今後はワインもメニューに加えていけたらいいと思っています」

店内にはアアルトがデザインした照明〈ゴールデンベル〉が。ヘルシンキの〈カフェ アアルト〉で吊られるのは1954年にアアルト自身がリ・デザインした〈ゴールデンベル〉ですが、京都では2007年にアルテック社が復刻した1937年のバージョンを採用しています。

店内ではオープン当初から壁にアートを飾り、読書会なども開催されています。長く愛される〈カフェ アアルト〉ですが、本国ではどのようなお客様に愛されているのでしょうか。
「書店にあるので客層は他よりも少し高いかもしれません。お客様には旅好きの人が多いようで、いろいろな国での体験を耳にします。〈アカデミア書店〉はフィンランドの文化を支えてきた場所の一つですから、作家やアーティストはもちろん、歴代大統領、フィンランドを代表する企業の社長が書店を見た後にふらりと訪れることもあります」
最後に日本の〈カフェ アアルト〉を訪れる人々へのメッセージをお願いしました。
「日本も含め、アアルトの名がつくホテルやカフェが世界各地にあります。私たちは財団の正式な承認を経て、早くからアアルトへの尊敬を込めてカフェを運営してきました。私たちには老舗のカフェとしての自負があります。京都は伝統を重んじる場所。伝統のなかで受け入れられるため、私たちもそれを学び、大切にしなければなりません。京都の街に融合しながら、ぜひフィンランドの味、空間、そして時間を楽しでいただける場所を目指したいです」